前号で「事務所に通う電車の中で」の出来事を書かせて頂いたが、今回も引き続き通勤電車の中での他愛ない体験を記させて頂く。
いささか旧聞に属することで恐縮ですが、今から4、5年前までのこと、私がまだ忙しく立ち働いていた70歳代後半の時期に、事務所での仕事を終えて午後7時から8時過ぎ頃の、JR総武線の“鈍行”電車に乗りこむと、ほとんど決まって若いサラリーマンや中年の男性・主婦等の人まで、様々な乗客の方から座席を譲られたものだった。
なかには私が背を向けて吊り革にぶら下がっていると、わざわざ反対側の座席から立って私の背中を叩き、「どうぞ」といって席を譲ってくれた女性があったり、また、一寸驚きだったのは、見たところ私とさほど年齢差を感じさせない熟年の男性から譲られたこともあったのである。
愚かで、早やとちりの私は、どうしてこれほど私は世間の人さまから好意をかたじけなうするのかと、嬉しくもあり、また、不思議にさえ思ったこともあったが、さような多忙な状態から“解放”された後日になって、冷静にそのことを思い返したときにハタと気がついたのは、さような遅い時刻まで働いて夜の電車に乗り込んでくる高齢者は稀なのであり、私の高齢者ぶりが車中で目立ったというだけのことに過ぎないという冷厳な事実であった。