弁護士 松川邦之

 
 昨年9月16日、原告教員らに東京地裁判決に続き再度の一部勝訴判決がもたらされた。この裁判は、平成15年に行われた3名の都議会議員・東京都教育委員会・産経新聞社が一連となって行った、東京都立七生養護学校の教育「こころとからだの学習」への不当介入事件である。

 七生養護学校には、家庭で教育できない子を含め、様々な背景の知的障害児が小学部から高等部の子まで通っている(そのため、七生福祉園という子どもの生活の場所も隣接している)。かつて七生の子達には、その知的障害も一因となって性や身体、心にまつわる様々な問題が起こっていた。例えば、よく意味も理解しないまま子ども達のあいだで性交渉・性的行為を行ってしまう、また身体の第2次性徴に理解が追いつかず、成長に伴う勃起に驚いて自身の男性器をハサミで切ろうとした子もいた。また、障害を有することとも関連して有する被虐待歴、親に見捨てられた体験等から、その心に深い闇を抱え、自傷に走る子、他害・暴力や他者への迷惑行為を繰り返す子たちもおり、また心の闇から性的問題を引き起こす子たちもいた。

 七生の教員達は、このような現状を目前にして、子ども達のために、必死で、試行錯誤してきた。知的障害ゆえに平面の説明図を頭の中で立体に置き換えてイメージできない、言語的説明では必ずしも伝わらない。また、心の問題から生じる問題については、いくら問題行為を叱ったり禁止したりしても何も解消には向かわない。

 様々な問題がある中で、教員達は協力して、外国の教育教材から自作のものまで立体の教材から映像等様々な教材を用意し、授業の仕方も創意工夫を繰り返していった。心の闇については、子ども達があまりに酷い体験をしてきたことに起因することを感じ、子ども1人1人が大切な存在であることを可能な限り温かい人間関係の中で伝え、子ども達の自己を肯定する力を育んでもらうべく、筆舌に尽くせない努力を積み重ねてきた。そうして培われたのが、「こころとからだの学習」である。

 平成15年、当時の都議3名が七生や他の学校において立体的な排泄器・性器等の模型や性器の名称を用いていることを問題視し、「性教育は極端なジェンダーフリー思想に基づくものであり、それは資本主義の破壊を目指す共産主義の革命思想である」というような偏った政治思想の下、強い影響力で都教育委員会に指示し、強引な手段で教育現場を変えていった。

 彼らはこの教育を不適切と決めつけ「学習指導要領違反・発達段階無視」と言い切った上で授業の意図もきかず、格別専門家による専門的・教育的検討も行わないまま、大量の教材を没収し、問題視した授業を禁圧し、学校に役人を送り込んで監視をし、教員たちへメモすることも質問することも許さず、弁明の機会も与えない事情聴取を行い、性教育に関わった多くの教員を厳重注意処分に処し、年間指導計画を無理矢理変更させ、ほとんどの教員を短期間に大量異動させてバラバラにし、この教育を根絶やしにし、またこれを見せしめとすることで都内の教育現場を萎縮させ、また上記の教育で子どもたちが成長する機会を奪った。

 本判決は、「こころとからだの学習」が学習指導要領に反しないことを明確に認定した上で、都議らの暴言や都教育委員会による厳重注意処分を処分理由がなかったとして違法とし、都議・都教委の賠償責任を認めた。現在原被告双方より最高裁判所に上告中である。

 子どものために長年必死の努力をされてきた先生方・保護者の方々とともに、より広い範囲における最高裁判所による違憲・違法判断を求めて我々の主張を貫いていきたい。