今から63年前、国連総会で採択された世界人権宣言は、次のように述べております。「・・・人権の無視及び軽侮が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、一般の人々の最高の願望と宣言されたので、……すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準として、この人権宣言を公布する」。この人権宣言を踏まえて1966年に、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)とともに、個人が国連人権委員会に救済申立をすることを認める個人通報制度(自由権規約選択議定書)が採択され、1976年にその効力が発効となっております。

 わが国も、1979年に自由権規約を批准しており、以後、自由権規約はわが国の裁判所でも裁判規範として、徐々にですが、認められるようになってきております。が、わが国は、未だもって個人通報制度を批准しておりません。わが国の人権の保障情況に関する政府報告に対しては、毎回、国連人権委員会から多くの問題点が存することが指摘されておりますが、これまでわが国政府は、その問題点を指摘されても、積極的に改める措置を取っておりません。

 私は、昨年夏、スイスのジュネーブにある国連人権委員会とフランスのストラスブルクにあるヨーロッパ人権裁判所を訪ね、個人通報制度の運用状況を調査する機会を持ちました(なお、ヨーロッパにおいては、世界人権宣言が採択された後、それに似たヨーロッパ人権条約を制定し、個人通報制度も認め、その審理機関としてヨーロッパ人権裁判所を設けてきた経過があります)。

 ヨーロッパ人権裁判所のあるストラスブルクは、以前ドイツ領であったこともあり、かのゲーテもこの地にある大学で学んだことがあるとのことです。ヨーロッパの心臓部とも言われており、EC統合の象徴的なところに設置されたことに強い印象を持ちました。実際、ヨーロッパ人権裁判所の判決例の中には、個人の通報に基づく救済を認め、それが加盟国の制度を変えていく役割をはたしております。ヨーロッパ人権裁判所は、加盟国の最高裁のさらに上位に位置するともいえ、このことが加盟国全体の人権水準の向上に重要な役割を果たしていることが分かります。”ヨーロッパ市民”の誕生にヨーロッパ人権裁判所が重要な貢献をしてきたのでないかと思われました。

 これまでにヨーロッパ諸国をはじめ世界中で自由権規約の個人通報制度も批准する国が増えてきておりますが、実際、この個人通報制度を利用したケースの国連人権委員会の裁決例を読んでみて、批准した国の人権水準を高めるのに大きく貢献していることが分かります。既に韓国は個人通報制度を批准しており、最近の例ですが、韓国の大学の教員が通報制度に基づき、救済を求めたケースについて、国連人権委員会は救済する裁定を出しております。このことは、韓国の最高裁が救済を認めなかったのを国連の人権委員会が救済を認めたことを意味します。

 もし、わが国が個人通報制度を批准すれば、個人が直接国連の人権委員会に救済を求めることができるようになり、そのことを通じてわが国の人権保障の状況を国際水準にまで高めていくことに重要な役割を果たすことになると思われます。

 ”地球市民”として、また、わが国の一人ひとりの人権が充分に保障され、住みよい国になるためにも、今年こそ個人通報制度を批准させるべく、いっしょにがんばりませんか。