私は子どものころ鼻が悪く、いつも鼻をつまらせていた。そのためか、自然豊かな地方で育ったのに、「香り」や「におい」にまつわる思い出はほとんどない。成人してからは鼻づまりで困ることはほとんどなくなったが、やはり嗅覚は未発達のまま。食い意地のはっている割には鼻がきかず、松茸料理などはとても損をしている気がする。花の香りなども、鼻の頭に花粉がつくくらい近づけて、ようやく分かる程度。ところが…、である。ここ数年くらい、5月の連休明け頃の数日、新緑の香りをはっきりと感じるようになった。大きな公園の近くにある乗換駅のホームや自宅近くの公園で、また、今年は四ッ谷駅の地下鉄ホームでも、緑の葉が濃くなり始めた樹々から青っぽいような強い香りがたちのぼってくるのを感じ、思わず胸一杯に吸いこんだ。「風薫る」というのはこういうことか、と今さらながら感動してしまった。
それにしても、年齢とともに経験や知識は増すことがあっても、感覚は衰えていくものだと思っていたが、今頃になってこれまで感じなかった「におい」を感じられるようになったのはどうしてなのだろうか。地球温暖化の影響か何かで、樹々の発する香りが強まったとか?はたまた、他の感覚が鈍くなってきている分、今まで使われなかったがゆえに劣化を逃れてきた嗅覚が相対的に鋭くなってきたのか?それとも、まだまだ若いということか(まさか)?いずれにしても、この香りを感じられるようになったことで、ほとんど季節の移り変わりに無感動になっていた生活にちょっとした変化が生まれたことは確かだ。
今は盛夏。年々暑さが身にこたえるようになり、自然に五感をゆだねるような気持ちにはなれず、早く涼しくなることばかり願ってきたが、今年の夏は何かこれまで感じることができなかったものを感じてみたい…などと思っている。