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仮定の質問

 

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 年明け間もない1月7日、1都3県(東京、神奈川、埼玉、千葉)に新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が発令され、その後全国11都府県にまで拡大されましたが、ご存知のとおり、新規感染者数こそ一定の減少傾向が見られるようになったもの、医療機関の逼迫状況は依然として深刻で、当初1か月間を予定していた宣言も、3月7日まで延長されることになりました。

 1月の緊急事態宣言発令に際しての記者会見で、菅首相は、「1か月の緊急事態宣言では感染拡大を押さえ込めきれず、宣言を延長する場合、さらに1か月延長ということになるのか」と質問されたのに対して、

仮定のことについては私からは答えは控えさせていただきたい。

と、回答を拒否していました。

 菅首相は、官房長官時代から「仮定の質問には答えられない」というレトリックを多用してきたので、マスコミや国民もそうした回答拒否に慣れてしまっていたところがありましたが、どうやら最近は、こうした菅首相の対応に懐疑的というより批判的な受け止めが広がっています。

 感染対策について首相自らが宣言したように、「先手先手の対応をしていく」ということは、想定されるあらゆる事態に対して策を講じている、あるいはその準備がある、という意味です。そこに言う「想定されるあらゆる事態」とは仮定そのものなので、仮定の質問だからといって答えない、答えられない、答えを差し控える、というのは、やはり国民の疑問や不安に答えないと言うも同然です。これでは、目下のコロナ禍を乗り切るためのリーダーシップを放棄しているように見えるのも仕方ありません。
 先の記者会見での記者の質問は結果的に的を得ていた(誤用ではありません)というのも、今となっては、先を見越せなかった首相の能力不足、説明不足と捉えられてしまいます。

 そもそも、「仮定の質問には答えられない」というレトリックは、どこから来たのでしょうか。もしかすると、そのようなアドバイスをした弁護士がいたのではないかといぶかっています。

 私たち弁護士は、民事、刑事を問わず、法廷で当事者や証人に対する尋問を行うことがあります。

 法廷での尋問というのは、「事実」の存否を認定するために行われるものです。
 証人はいつどこで何を見聞きしたのか。
 原告本人がどのような書類にサインしたのか。
 被告本人は関係者からどんな説明を受けたのか。
 いずれも「事実」を語ってもらうために尋問が行われるわけです。

 この時、仮定の質問をするとどうなるでしょうか。例えば、
 「証人は、当時もし仮に別の場所にいたとしたら、何をしていたと思いますか?」
 「どのような内容の契約書だったら、原告はサインしたくなったでしょうか?」
 「もし別の説明を聞いていたら、被告はどう思いますか?」
と聞くのは、考えや意見を聞くものです。

 民事訴訟規則115条2項には、証人尋問において、意見の陳述を求める質問や証人が直接経験しなかった事実についての陳述を求める質問は原則としてしてはならないと定められています。
 刑事訴訟規則199条の13の2項にも、意見を求めまたは議論にわたる尋問や、証人が直接経験しなかった事実についての尋問も原則としてしてはならないと定められています。

 これらはあくまで、尋問が事実認定のために行われるもので、意見聴取のために行われるものではないからです。
 仮定の質問は、多くの場合、意見や本人が経験していない事柄について質問するものですので、仮定の質問をされた証人が「仮定の質問にはお答えできません」と答えるのも許されるわけです。

 こうした認識は弁護士には染みついているのですが、あくまでこれは法廷での尋問の場面の話。
 法廷での尋問のクセが抜けない弁護士が、「国会での野党の追及や記者会見での質問をうまくはぐらかす方法」として、「仮定の質問には答えられない」というレトリックを政治家にアドバイスしたとすれば、これはちょっと間違っていると言わざるを得ませんね。
 裁判は過去の事実を審理するものであるのに対して、政治は未来を作り出すもので、仮定の問題だらけなのですから。

 法廷での尋問対策は、将来万が一法廷に立たされる時に役立てればよろしいのではないかと思います。

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