統計不正の影響
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私たち弁護士が扱う事件の中に、加害者などに対して損害の補償を求める、損害賠償請求事件があります。交通事故による損害賠償請求がもっとも典型的なものと言えるでしょう。事故によって発生した損害について責任のある人に賠償を求めるわけですが、実際には、誰がどの程度責任を負うべきかというのは簡単な話ではなく、しばしば責任の程度をめぐって深刻な争いになります。
これとは別に、そもそもどの程度の損害が発生しているのか、という点も、意外と簡単な話ではありません。
事故による怪我の治療にかかった医療費などは分かりやすいのですが、たとえば事故で亡くなってしまったという場合に、生きていれば得られたであろう収入(これも損害計算の基礎になります)というのは将来の話ですから、確実な数字というのは分かりません。
だからといって、将来の稼ぎは不確実だから計算できない、だから損害として賠償請求するにはふさわしくない、というわけにもいきません。
そこで持ち出されるのは、「平均的な収入」です。
同じ年齢の、同じような学歴で、同じような規模の会社に勤めていれば、現在平均的にどのくらいの収入が得られるのか、というのは、実は厚生労働省が毎年調査を行っています。
一般的には「賃金センサス」というのですが、正式には「賃金構造基本統計調査」と言います。
この資料に基づいて、「平均的な収入」を算出することができます。
これを使えば、不慮の事故で亡くなった方についても、生きていれば得られたであろう収入を算出することができるわけです(もちろん、損害額を算出するためには、収入から、生きていれば必要になる費用(広い意味での生活費)や中間利息などを差し引く必要はありますが)。実際、裁判実務などでも賃金センサスに基づいた損害の認定が行われています。
ところが、先日、厚生労働省による「毎月勤労統計」の不適切調査問題が明るみに出ましたが、「賃金構造基本統計調査」(賃金センサス)でも不適切な調査が行われていたことも発覚しました。どれほどの影響があるのかは未知数ですが、適切な調査が行われていることを前提に賃金センサスが利用されてきたことを考えると、本来賠償されるべき金額よりも少ない補償しか受け取れなかったという人がいる可能性は否定できません。
当事者間の問題として、不足額の再請求が必要になるのか。
あるいは、厚生労働省の落ち度(組織ぐるみの不正だったかどうかにかかわらず)によるものとして、国家賠償の対象になるのか。
統計の不正調査について「さほど大きな問題はない」と発言した政治家もいたようですが、影響の広がりを考えると、とても大きな問題であることは間違いないと思います。
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