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ゴーン氏逮捕と人質司法

 

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日産自動車グローバル本社

今週は東京地検特捜部による日産自動車の会長の電撃逮捕という大きなニュースがありました。

金融商品取引法違反容疑という、投資家に誤った情報を与えた罪で逮捕されたわけですが、要するに、有価証券報告書に、本来なら役員報酬に含まれるべきものを除外して、役員報酬を実際より少なく記載していた(それでも巨額ですが)ということのようです。
しかし、本当に逮捕までする必要があったのかな、という印象を受けました。

「罪を犯したのなら逮捕されて当然だ」と考える方もいらっしゃるでしょう。
「弁護士はいつも悪いやつの肩を持ってるから、そんなこと言うんだ」と思う方もいらっしゃるかも知れません。
しかし、今回の逮捕に疑問(といっても直感的なものに過ぎませんが)を持ったのは、少し違う観点でした。

被疑者を逮捕するには逮捕状が必要です。
逮捕状は、検察や警察の請求に基づいて、裁判所が発することになっていますが、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があっても、明らかに逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがない場合は、裁判所が逮捕状を出さないことになっています。

今回の場合はどうでしょうか。本当に有価証券報告書の虚偽記載だけが問題なら、しかも、報道されているように、会社の協力の下、数か月にわたる内定調査を進めていたのだとすれば、今さら証拠隠滅もあったものではありません。
もちろん、逮捕されなければ、被疑者は関係者と連絡を取って虚偽記載とされる行為が行われた当時の記憶の喚起や有利な資料の収集なども行われるでしょうが、そうした行為を証拠隠滅とは言いません。弁解や防御の方法として許されることです。

問題は、被疑者である会長が外国人だということにあるかも知れません。つまり、逃亡のおそれを考えたのではないかということです。

日本の司法警察権は原則として国外に及びませんから、被疑者が外国に逃亡してしまうと、大変困ったことになります。たとえば、被疑者がパリ市6区のアパルトマンに潜んでいるとの情報を得ても、日本の警察官が逮捕しに行くわけにはいきません。国際刑事警察機構(ICPO)を通じて現地の捜査機関に捜査協力を求めることはできますが、犯罪人の引き渡しに関しては、自動的には行われません。犯罪人の引き渡しは、あらかじめ定めた条約に基づいて行うか、個別案件ごとに現地の国内法に基づいて処理されることになります。

日本が犯罪人引渡し条約を結んでいるのは、現在アメリカと韓国だけなのだそうです。つまり、たとえば、日本で犯罪を犯した被疑者がフランスやブラジルに逃亡した場合、捜査を進める上では大きな障害になってしまうことになります。そうすると、あくまで「たとえば」ですが、頻繁にフランスと日本を行き来しているような被疑者は、逃亡のおそれが非常に大きいという結論に至りやすいのではないかというわけです。

ここでひとつ思い至るのは、なぜ日本は2か国としか犯罪人引き渡し条約を結んでいないのか、という点です。
その理由のひとつは、日本はもともと入管体制が厳しく、犯罪者の出入国が少なかったからだとされています。
もうひとつは、世界的に死刑制度を廃止する国が増えている中で、日本は死刑制度を維持し続けていることにも理由があるとされています。
しかし、あまり指摘されてはいないようですが、日本の「人質司法」とも言われる刑事制度にも原因があるのではないでしょうか。

在日米軍の処遇に関する「日米地位協定」という条約がありますが、その第17条5(C)には、
「日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする。」
という規定があります。
これは、米軍関係者が犯罪を犯した場合、捜査段階で日本側に引き渡すことはしない、ということですが、その背景には日本の刑事司法制度に対する根強い不信感があります。
長期間にわたる身柄拘束を続けたまま、弁護士の立会もなく連日の取り調べを行い、起訴前の保釈の制度すらなく、被疑者自身の防御を認めない制度では、いかに犯罪の嫌疑があるとはいえ、保護下にある軍人・軍属をむざむざと引き渡すわけにはいかない、ということです。

さて、最初の問題に戻りましょう。
件の会長は、フランス、ブラジル、レバノンの三重国籍のようですが、外国籍だから逃亡のおそれが大きいというのは、あまりに一般化しすぎのようです。身柄拘束という、自由の制限をする逮捕の必要性を判断する上では、属性だけを見るのではなく、個々の事情を考えるべきでしょう。

国内外を頻繁に行き来しているから逃亡のおそれが大きいというのも、どうなのでしょうか。仕事での移動が多かったのでしょうし、立場上簡単に行方をくらますことができるようには思えません。
むしろ、今回のような不本意な嫌疑に対しては、逃亡は最悪の選択肢のように思えます。

物わかりのいい裁判所は請求をすれば逮捕状を発してくれるのでしょうけれど、逮捕状を取って身柄拘束するのではなく、任意捜査(身柄拘束をしないで、事情聴取を求める)を進めてもよかったのではないでしょうか。
もちろん、報道からだけでは知り得ない事情もあるのでしょう。
しかし、何より、国際的にも批判の強い日本の「人質司法」を逆アピールする絶好の機会になってしまいそうで、果たして、あえて強制捜査を選んだのが検察当局としてもよかったのかどうか、どうしても疑問を拭えないのです。

実際に、フランスのメディアからはすでに日本の刑事手続に対する疑問の声が上がっているという報道がありました。
この際、悪名高き人質司法を見直すきっかけになる可能性もあるのではないかと、ひそかに思っているのです。何しろ外圧に弱いこの国ですから。

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