1 はじめに

 事務所開設50周年となる今年3月、第2次新横田基地公害訴訟を提起しました。2004年に事務所開設40周年記念誌を発行した当時は、第1次新横田基地公害訴訟の控訴審が終盤に差し掛かっていました。

2 横田基地と周辺住民の被害

 ご存知のとおり、横田基地は東京都下の福生市・瑞穂町・武蔵村山市・羽村市・立川市・昭島市にまたがる広大な軍用空港で、終戦後の接収以来米軍基地として供用されています。オーバーランを含めて南北4kmにも及ぶ滑走路を備えており、在日米軍司令部、第五空軍司令部など在日米軍の中心基地として機能しているほか、2012年3月には航空自衛隊横田基地も開設され、ミサイル防衛などの日米共同統合運用が進められています。
 アメリカ本土などからの大型輸送機の飛来、極東地域に展開する米軍基地との間を行き来する輸送機の離着陸、戦闘機を含む米軍機の訓練飛行などにより、基地周辺はもちろん、基地から遠く離れていても飛行コース直下に当たる地域などの住民は、長年にわたり著しい騒音に日々悩まされ、睡眠妨害をはじめとして、様々な騒音被害をこうむってきました。

3 横田基地公害訴訟

(1) 1976年に提訴された旧横田基地騒音公害訴訟は、東京中央法律事務所OBが弁護団の中心に入って訴訟を立ち上げ、3次19年にわたる訴訟を経て、騒音被害地域の住民に対する補償の道筋が確立されましたが、住民の悲願であった夜間・早朝の騒音差し止めは認められず、日米合同委員会におけるおざなりな騒音防止協定は結ばれたものの、騒音被害解消への抜本的な対策は放置されたままでした。

(2) 冒頭に紹介した第1次新横田基地公害訴訟は、この放置された騒音被害をなくすため、「静かな眠れる夜を返せ」を合言葉に、1996年4月に提訴されたもので、原告数約6000名にも上るマンモス訴訟となり、2005年11月に言い渡された東京高裁判決では、依然として騒音被害が続いている状況に対し、「法治国家のありようから見て、異常の事態で、立法府は、適切な国防の維持の観点からも、怠慢の誹りを免れない。」として、国の無策が厳しく批判されました。
 ちなみに、第1次新訴訟では、夜間・早朝の騒音差し止めを実現するために、アメリカ合衆国政府も被告として訴えを起こしましたが、裁判では外国政府の主権の壁を超えることはできませんでした。しかし、その裁判所でさえ、日本国政府の態度を「怠慢」とまで言わなければならないほど、司法軽視の態度に業を煮やしていたのです。

(3) 騒音差し止めが難しいのであれば、騒音被害が続く限り慰謝料の負担を命じる、将来にわたる賠償という司法救済の方法が求められます。この問題は、第1次新訴訟の上告審で問題となりました。というのも上記の高裁判決は、審理終結から判決言渡しまでの約1年間分について、国に対し賠償を命じていたのです。判決時点では過去となっていても、審理終結後は審理対象に含まれなかった期間ですから、この判決は将来請求を部分的に認めたことになります。この点を不服とした国が最高裁判所に上告受理申立てをしたのです。
 かつて、大阪空港騒音訴訟で、この種の将来請求は認められないという最高裁大法廷判決(1981年12月16日)がありました。この最高裁判決では、将来も継続することが予想される不法行為であっても、損害賠償請求権の成否や賠償額は複雑多様な要素によって左右されるので、将来にわたる賠償まで命じることはできないとしていたのです。
 新横田基地訴訟の最高裁第3小法廷判決(2007年5月22日)は、判決の結論としては最高裁大法廷判決を踏襲し、約1年分の将来賠償を命じた高裁判決を破棄しました。しかし、5人の裁判官のうち2人は高裁判決を支持して反対意見を書き、他の1名の裁判官も、将来的な判例見直しの可能性にまで言及しつつも、法廷意見に「従わざるを得ない」としたため、3対2の僅差で高裁判決破棄の結論となったのでした。

4 第2次新横田基地公害訴訟の意義と課題

(1) 第1次新訴訟の終結後、在日米軍を含む米軍再編が進められ、横田基地も自衛隊が共同利用することになるなど、基地の固定化、強化が進められました。その一方で、東京高裁が注文を付けた基地周辺住民に対する被害補償制度等の整備は一切行われず、騒音被害地域の縮小見直しだけが進められたのです。
 被害をなおざりにする国の態度を静観することはできないとして、改めて基地周辺住民が訴訟に立ち上がったのは当然です。それが冒頭紹介した第2次新横田基地公害訴訟です。第2次新訴訟では、「静かな空をもとめて」を合言葉として、夜間早朝だけでなく家族団らんの時間を騒音から守ることを目指しています。東京中央法律事務所からも常任弁護団として加納弁護士と仲村渠弁護士が参加し、訴訟の中心的役割を担っています。

(2) こうした基地騒音訴訟は、現在は、横田基地だけでなく、厚木基地、小松基地、岩国基地、嘉手納基地、普天間基地などで繰り広げられ、全国で合計3万6000人以上の住民が被害を訴えています。

(3) 国際関係が騒がしくなっている昨今、国防の重要性、日米同盟強化の重要性ばかりが喧伝される中で、騒音被害を訴えることさえエゴ呼ばわりされる風潮があります。そうした中で、しわ寄せを受ける基地周辺住民の切実な声に耳を傾け、その力になることは、私たち弁護士に課せられた大切な役割であると考えています。

5 東京中央法律事務所でかかわってきた基地訴訟と基地騒音訴訟

 私たち東京中央法律事務所では、かつて砂川訴訟、長沼ナイキ基地訴訟、百里基地など、自衛隊や在日米軍の違憲性が正面から問題となる基地訴訟に数多く取り組んで来ました。しかし、この10年で見ると、こうした基地問題への取り組み以上に、公害訴訟としての基地騒音訴訟への取り組みに多くの時間と労力が割かれるようになっています。
 ただし、こうしたことは、決して私たちの平和問題に対する関心が薄れていることを意味しません。現在の政権与党である自由民主党の改憲案は、基本的人権よりも公益を優先させるものであり、国防軍を備えた治安国家への変貌を目指しています。こうした国家思想には、国を守る、国土を守る、国民を守るという題目にも垣間見られるように、国民は統治、支配、保護の対象で、個人の人権はその反射的産物に過ぎないものという考えが潜んでいます。基地騒音被害を訴えることエゴとする発想と通底しているのです。
 その意味で、基地騒音訴訟は、基本的人権を保障し、確固たる平和主義を貫く日本国憲法を実践するものでもあると考えています。