「マクナマラ元国防長官の告白」という副題をもつ本年度のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作が、「華氏911」と同時期に公開されていた。ベトナム戦争当時の米国防長官ロバート・マクナマラが、彼が関与した第2次世界大戦以降の戦争を回顧するというテーマの映画である。

 マクナマラは95年に回顧録を発表したが、その後かつての敵であったベトナム側当局者との対話を重ね、回顧録で提起した「あの戦争は誤りではなかったか」という問題意識をより深める作業を行った。映画はこの作業の延長線上にあるものだ。

 対話の成果の方は、「果てしなき論争」(共同通信社)と題された700頁をこえる大部の著作にまとめられている。アメリカがベトナムに関与する最大の政治的理由であったドミノ理論は杞憂であった。北爆開始のきっかけとなったトンキン湾事件がアメリカ側の誤認によるものであっただけでなく、戦争をエスカレートさせた多くの事件の真相も、当時双方が認識していたものとは大きく違うものであった。あの戦争は避けられるものだったというのが、対話を通じての結論だったのである。

 ベトナム戦争化がいわれるイラクの場合はどうであろうか。マクナマラは戦争が終わって30年後に真実を知ったが、今回の戦争を始めた最大の理由である大量破壊兵器がイラクのどこを探しても存在しないことは、もはや公知の事実である。それなのに、アメリカはなぜ戦争を止められないのか。戦争が始まって以来絶えることのないイラク人の死は、とりわけ無辜の市民の死は、いかなる理由によっても正当化されない。明らかに違法で大義のない戦争を始めた者達は、果たして何年か後に、ベトナム戦争での歴史の教訓を活かすことができずにイラクとの戦争に突入したのはなぜだったのかという回顧と反省を繰り返すのだろうか。それではあまりに遅すぎるのではないか。