東京大学名誉教授 堀尾輝久/弁護士 村山 裕/事務局 檜山裕二/東京日の丸君が代訴訟弁護団事務局 伊藤清江

 

檜山: ここ何年か「教育基本法『改正』」問題がいわれ続けていますね。

村山: 2003年3月に中央教育審議会が「新しい時代にふさわしい教育基本法」をと「改正」を求める答申をして、今年で3度目の通常国会ですが、幅広い市民からの疑問の声の前に、与党内ですら意見調整が出来ず、法案が出せずにいます。

檜山: そもそも、なぜ今教育基本法の「改正」なのですか

堀尾: 教育基本法は、1947年3月31日戦後改革の中で、憲法と一体のものとして作られました。教育勅語による「一旦緩急あれば義勇公に奉ずる」「忠良なる臣民」を育成する事を目的とする教育への反省から、平和、人権、民主主義の尊重の憲法の下で、個人の尊厳と人格の完成を目指し、平和と真理と正義を愛する人間の教育を目的として、「平和な国家及び社会の形成者」としての国民を育てることを目指そうとしたのです。
 教育基本法に対する「改正」論は、今回が初めてではありません。1960年前後の日米安保条約や日本の再軍備が問題となっていた時期の「期待される人間像」の頃や、1980年代の中曽根内閣の戦後政治の総決算と臨時教育審議会の頃などに危機がありました。そして今回、1990年代の末になって、21世紀像をどう構想するかと関わって、憲法・教育基本法はもう古い、新しい国づくりと人づくりだということで、出てきています。

檜山: 21世紀をどう見ているのでしょうか

堀尾: 「改正」促進論者は、21世紀はグローバリゼーション、メガコンペティション(大競争)の時代になり、各国が生き残りをかけた競争関係に立つことになる。他方で、情報化が進み「知の世紀」、実はエピステモクラシー(知の支配)とメリトクラシー(能力・競争主義の支配)の時代となって、メディアや教育の重要性が一層問われる時代となる。また、アメリカ的価値観によるグローバリゼーションの支配に不満を持つテロとの戦争にも対処する必要が出てくる。その中で、日本も行財政改革を進めて、国が金をかけずに、効率的に国際競争力をつけるために、自己責任による選択と競争の中から、国=公への主体的参画や奉仕が出来る国民、「たくましい日本人」を育てる必要があるというのです。

檜山: どの様な「改正」をというのですか

村山: 現在議論されているのは、第一に、教育の目標として「愛国心」や「公共の精神」といった内心に関わる項目を入れて、その達成度を目標管理の対象にしていこうということ。第二に、教育振興基本計画をとおして教育行政が、教育内容に介入できるようにしていこうということ。第三に、教育の機会均等条項から「ひとしく」を削って、能力主義・エリート選別教育に効率的な予算配分が出来るようにしようということ。第四は、子どもの「学習権」ではなく、学習をさせるようにする教師の指導責務を明確にしようということ。といったところでしょうか?

堀尾: 「愛国心」や「公共の精神」を「教育目標」にする点は、現行教育基本法の、主権者である国民の一人一人の人間性の開花、人格の完成を「目的」として個人の尊厳を重んずる教育を行うという憲法の精神への準拠からの転換を意味します。現行法は、戦前の国家目的に従属し、国家に統制される教育から、子ども一人一人の可能性を育てることを軸にして、教育行政は教育条件整備の責任にとどめ教育の自律性、独立性を確保し、政治権力・行政権力からの「不当な支配」から守ろうとしたのです。憲法の「教育を受ける権利」を請けた義務教育は、戦前の臣民の義務という意味ではなく、人権としての教育を保障する責任と義務を、親・自治体・国が負うという意味なのですが、これらを変更しようという流れになっていますね。

伊藤: 若者が夢や目標を持ちにくくなっていて、規範意識や道徳心も低下しており、学校にも、いじめ・不登校・中途退学・学級崩壊などの問題が起きている点も、「改正」が必要だという根拠にあがっているようですが。

堀尾: 教育基本法があるからそういう状況が生まれているということではないでしょう。憲法と同様、「未完のプロジェクト」として内容を豊かに発展されるべき教育基本法が実現されて来なかったから起きている問題なのではないでしょうか。教育基本法を「改正」したから解決する問題とは考えられません。

村山: 少年法にも、同様の観点から厳罰化がなされ、14歳未満の触法少年や不良行為少年への対応を厳しくする動きがあります。
 ところで、教育現場では、既に先取り的に、「改革」が進行していますよね。東京都の日の丸・君が代の問題は象徴的ですね。

伊藤: 東京都の場合、教師の思想・良心の自由を抑圧しながら、教育行政が教員の管理統制をとおして「教育内容支配」を行っています。生徒の思想良心の自由への配慮などを許さない職務命令も問題になっています。

村山: 東京では都立七生養護学校の性教育の内容に都教委や都議会議員が不当に介入する事件があり、福岡では「愛国心通知表」が、マイノリティの子ども達の人権侵害になるという問題が起こって、いずれも弁護士会が警告を発しましたね。

堀尾: アジアの中で21世紀の地球時代をどう切り拓いていくかという視点に立つとき、マイノリティの人たちの問題をどう考えるかは、特に、憲法「改正」論議の中で9条がターゲットになっている状況の下で、重要だと思います。子どもは人間であり、発達の可能態でやがておとなになる存在です。子どもは、古い世代のおとなをを乗り越える権利を持ち、おとなは「未来世代の権利」を保障する責任があり、かけがえのない、平和で、安全、安心できる地球環境を未来世代から託されているのです。その意味で、「子どもの視点で憲法、人権条項を読み直す」、「教育基本法から憲法を読む」ということが重要だと考えています。憲法・教育基本法は、時代の制約を受けて、今見ると、憲法に環境権がなかったり、教育の機会均等条項に「国民は」となっているなど、不十分な点はありますが、いずれも「未完のプロジェクト」として、その内容を発展させていける構造になっています。この「未完のプロジェクト」を引き継いで、未来世代の幸福を確保しようとしていくとき、アジアの友好関係を作る上で役割を果たそうとするとき、憲法9条を捨てたのではそれは出来ない。憲法と繋がる教育基本法を捨てたのではそれは出来ないと思うのです。

檜山: 国会の会期延長があると、夏に向けて議論が本格化するとも言われています。参考になるお話をどうもありがとうございました。