住宅・経済的支援・相続
西野: 東日本大震災の影響には甚大なものがありましたが、今日は、法律面での対応や弁護士に何ができるかを伺いたいと思います。3ヶ月後にあたる6月11日の報道では、避難生活をしている方が未だに約9万人もいるとありました。仮設住宅の建設や入居はどうなっているのでしょうか。
松川: 災害救助法に関する告示では、20日以内に着工して速やかに設置することになっていて、出来つつあるのですが、必要な戸数の完成は8月以降になりそうです。
斉藤: 阪神淡路大震災のときに仮設住宅で多くの孤独死を招いた反省から、地域ぐるみの仮設住宅のための用地の確保なども課題になっているようだね。
西野: 食糧支援を打ち切られる不安から、せっかく出来た仮設住宅が空いたままになっているという報道も気になりますね。
松川: 被災者への当面の経済的な支援は、亡くなった方への災害弔慰金制度とか、全国から集まった義援金の配分で考え るのでしょうね。
村山: 弔慰金については、兄弟姉妹で一緒に生活していて亡くなったのに、法定の受給資格から抜け落ちていて貰えないという点が問題になっているようだ。
松川: 市町村での上乗せや、義援金については、兄弟姉妹も受給できるような運用がなされるようにはなってきたようですよ。
西野: 行方不明の方の親族が死亡認定を受けて弔慰金や遺族年金を受給するかどうか悩んでいるという報道もありました。
松川: 災害弔慰金法では災害後3ヶ月で生死不明の場合、申し出があれば死亡の認定がされますし、遺体未発見の戸籍上の死亡届についても「申述書」などで「死亡の事実を証明」する方法で受理して良いと法務省が通知を出しています。
村山: 3ヶ月という点では、震災でなくなった方がローンなどの債務を負担していた場合の相続放棄の申述期間が問題になったね。これは相続放棄するかどうか熟慮するための期間を11月末まで延長するという特別立法で取りあえず解決されたけど、被災地以外の相続人には適用がないなど問題がないわけではない。
松川: 被災者の経済的再建のためにもっとも重要な問題は、住宅ローンを組んでいた方が住宅を失ってローンだけ残って更に新たなローンを組めるかという、いわゆる「二重ローン問題」がありますね。これについては救済のための立法手当が検討されていますが、震災前のローンを一律帳消しにできるかどうか、立法論として問題が多いようです。
斉藤: 被災者のための法律相談では、地域によって違いはあるようだけれど、不動産賃貸借で、震災で傷んだ家屋の貸し主に修繕義務はあるのかとか、傷んで 使えなかった期間の賃料の支払い義務はあるのかといった相談も多かったようだね。天災が理由の場合はどちらも義務なしになるのだけどね。
原発被害
西野: 原発事故についての東電や政府の賠償についても日々報道されてますね。これには何か法律の特別の根拠があるんですか。
松川: 原発事故に関する損害賠償については、原子力損害の賠償に関する法律という特別法があります。この法律に基づいて「原子力事業者」、今回の事故では東京電力が賠償責任を負います。
斉藤: 通常の民法上の不法行為、例えば交通事故を原因とする損害賠償では、被害者は加害者の故意もしくは過失・加害行為の違法性・損害・加害行為と損害の因果関係を立証しないといけないけれども、この法律に基づいた請求なら、原子力事業者の故意・過失・違法性は主張立証しなくても損害の賠償が受けられるんだ。
村山: 原子力事業者の無過失責任を認めているということだね。被災者にとってはあたりまえのことだけどね。
西野: 国も賠償の一部を負担するようなことが言われていますが、これもこの法律に基づくものなんですか。
村山: この法律では、原子力事業者の損害賠償すべき額が一定額を超える場合には、必要に応じて国が必要な援助をすることが規定されているのが根拠になるね。
松川: しかし必要な援助といっても、国に具体的な法的義務が規定されているわけではありません。あくまで政策的な援助を行うことが規定されているものですね。
斉藤: 損害を被った人が国に直接損害賠償の請求をするには難関があるということだね。
西野: どんな人の、どんな損害が賠償してもらえるんですか。
村山: 理屈でいえば、今回の原子力事故から社会常識に照らして因果関係がある全ての損害が賠償の範囲になる。
斉藤: 国から出荷制限を受けた農作物の生産者や、避難指示があって避難を余儀なくされた地区の住民や事業者がこうむった損害が賠償されることにあまり問題はないと思うけどね。
松川: 風評被害による農作物等の損害についても、原子力による損害と認めた裁判例が平成18年にあります。これは過去の原発臨界事故のときに生じた損害の賠償を行う裁判の判決ですね。原発事故があれば、原発と一定の距離にある地域の農作物等について風評被害が生じて金銭的損害が生じるのは、社会常識からいっても当然ですから、事例判断とはいえ妥当なものといえるでしょう。
村山: 政府からの避難指示自体は出ていない地域の人が自主避難した場合の賠償はどうなるんだろう。
斉藤: ある程度の科学的根拠をもって健康被害をうける可能性が相当程度あると判断できれば、そこで避難を余儀なくされるのは常識的にみてもおかしいことではないはずだから、その場合には政府の避難指示がなくても一定限度の賠償が認められると解釈すべきだろうね。
震災と雇用問題
西野: 地震や津波で仕事を失った人も多いかと思いますが、会社も無くなってしまったような場合、失業保険の手続はどうなるのですか。
村山: 災害救助法適用地域にある事業場に雇用されている人については、会社が倒産していなくても雇用保険給付を受けられる特例がある。倒産企業に政府が行っている未払賃金立替事業も、被災企業の場合は手続が簡素化されているよ。
松川: 職場にいるときに地震で怪我をしたのは労災になりますか。
斉藤: 事業場内での怪我であれば、地震により事業場内の危険性が顕在化したという解釈から広く労災の適用があるはずだ。労災保険申請手続も簡素化されている。
西野: 該当しそうな人は、とにかく一度ハローワークや、労基署に手続ができるかどうか確認した方がよいですね。
斉藤: 今回の震災では、止むを得ない事業廃止など失業しても仕方がないケースが多いのだろうけど、震災に便乗して労働条件を悪化させるケースも多いので気を付ける必要があるね。
松川: この夏にはまた計画停電が予定されているとも言われています。企業の中には計画停電の営業で事業を縮小したので賃金を減額するというところも出てきますよね。これも仕方がないですかね。
村山: 労基法の休業手当支給の適用があるかどうかの問題だ。
斉藤: 労基法26条は、使用者に責の帰すべき理由による休業の場合に最低6割の休業手当を支払うよう規定しているけど、計画停電期間中の休業はこれには該当しないね。しかし、地震の影響による事業縮小をすべて26条非該当とすると労働者に対する影響が大きいので、厚労省は通達で「地震の影響による休業」を厳格に解するように指導している。
西野: これから地震の影響による解雇や雇止めも増えそうですね。ある程度やむを得ないのでしょうか。
松川: 既にこの4月の新卒者の内定に影響が出ましたね。内定は解約権留保付の雇用契約の締結と解されているので、内定取消は解雇に相当します。地震を理由とすれば全て内定取消はしかたがないとはならないはずです。
村山: 解雇は、客観的で合理的な理由と社会的相当性のある解雇理由がないと解雇権の濫用となる。この原則は地震の影響による解雇の場合も同様だ。地震の影響による事業縮小等が理由とされる場合は、労働者側の理由によらない解雇となるので一般の整理解雇と同様、解雇が有効とされるハードルは結構高い。
斉藤: 実際に影響が出るのは、期間の定めのある労働者の雇止めとか、派遣社員の契約解除など、いわゆる非正規労働者といわれる人たちの雇用喪失だろうね。一般的には地震と津波の影響は経営者側でもどうしようもない事情がある場合が多いのだろうけど、本当に労働者の雇用を犠牲にしてよいかどうかは、実態に即して判断する必要があるね。
西野: 震災で事業縮小等の影響を受けた事業者に対しては、雇用調整助成金の支給が行われるという制度もあります。労働者を解雇したり雇止めする前に、このような制度も利用して経営努力をしたかどうかも重要ですね。
斉藤: そのとおりだね。「地震の影響による事業悪化」が労働者の労働条件に影響する場合は、本当に経営者にとっても他にない選択だといえるのかどうかの吟味を慎重にする必要があるね。
西野: 本当にいろいろな問題がありますね。
村山: これでもまだまだほんの一部。立法や行政の動きも流動的なので、我々弁護士もそれぞれの問題について、きちんと情報収集をしながら対処していく必要があるでしょう。各弁護士会も被災者向けや震災関係の法律相談窓口を設けているし、無料のものもあります。ぜひ弁護士も利用してもらえたらと思います。
斉藤: 今後の長い支援が必要となるので事務所全体として対応を考えなければいけないね。
(※談話内容は平成23年6月24日時点の情報に基づくものです。)